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World Judo Championships Cadets 2024 in Lima

2024/8/26-9/2 in Peru🇵🇪

 今回は、教え子が世界カデに出場するためペルーまで応援に駆けつけた。本来なら遠いので行っていなかったと思う。しかし、上司だった大森監督に一緒に行かないかと打診され、こんな機会は滅多にないと思い、少しお金はかかるが行くことに決めた。

 8/26の早朝4時に起き、ホームステイ先のお父さんに朝早いが無理言って空港まで送っていただいた。7時のフライトだったので6時ごろ空港に着き、無事に搭乗することができた。朝早かったのにありがとうございました。

目次

移動にはお金をかけろ

 ペルーまで行くには、まずヒューストンで乗り換えをする必要があった。ヒューストンでご飯を食べたり、動画編集をしたりして2時間ほど時間を潰した。乗り継ぎの間の2時間は長く感じると思っていたが意外にも搭乗手続きなどで短く感じた。ランチとしてチキンカツ(日本食)も食べられて良かった。ヒューストンで予定通り、大森先生と合流することができた。久しぶりの再会だったが相変わらずだったので、自分の人見知りが発揮されることはなかった。

 大森先生と飛行機に乗ったが、先生はまさかのビジネスクラス。足を伸ばすことができ、地面と平行に横になれるのを目の当たりにした。羨ましかった。そして、悔しかった。これが財力の差か。しかし、聞いてみたところ先生も人生で初めてのビジネスクラスだとのこと。先生はよく嘘をつく。今回は本当なのだろうか。羨ましがっていた私も実は今回の旅は少し奮発してビジネスクラスの一つ下のグレード(少し良い席)を予約していた。全部で15時間近く乗るのだから少し余裕を持って座りたいと思ったのだ。この選択は正解だった。過去一広い席での移動は快適だった。特に行きは隣がいなかったのでとても広く使え、快適だった。これはやみつきになりそうだ。

 そんなこんなで快適に過ごしているとあっという間に目的地のリマに到着した。実は飛行機の出発時刻が1時間ほど遅れたため、着いたのは深夜の0時半ごろだった。空港に着くとペルーで柔道を教えている日本人のウラタさんという方がお迎えに来てくださっていて、ホテルまで送っていただいた。夜遅くなのにお迎えをしてくださり感謝しかない。自分だったら夜だし眠いから行きたくないと言うだろう。真剣に。

 ホテルまでの道のりでペルーという国はどんな国なのかある程度把握した。路上で普通に立ちションをしていたり、クラクションが絶えず鳴らされていたりと治安は良くないと感じた。この時点ですでに帰りたかった。ホテルに着くとその日はすでに2時ごろだったため、特に何もせずシャワーに入って寝た。ちなみホテルはシェラトンだった。しかし、壁は薄く隣りの部屋の人の声が聞こえるほどだった。

 教え子(以後、Yと省略)の個人戦は30日なので、27〜29日は自由時間だった。なので、観光して回った。住んでいる人には申し訳ないが空気があまり綺麗ではないのと治安が良くないと感じていたからこの時点でもずっと帰りたいと思っていた。いかに日本や今住んでいるアメリカの環境が良いかがわかった。これが当たり前ではない、感謝しなくてはと気づくことができた。

個人戦

 Yの個人戦当日、カデ世代だしなんとなく優勝してくれるんじゃないかなんてうっすら期待していた。しかし、初戦敗退。勝負はそんなに甘いもんじゃなかった。わかってはいたが海外選手はやはり変則的な組み手をしてくる。特にYとやったフランスの選手は片襟で攻めてくる変則的な柔道だった。日本ではいない変則的な柔道だった。4分間では攻略できなかった。後半、相手もばててきてチャンスも生まれ始めたので勝てそうと思ったが大内刈りでケンケンで追って行ったところ、最後の際のところで返され、一本負けを喫した。それはもう一瞬の出来事だった。良くも悪くも柔道は一瞬で決まるスポーツだ。どんなにきつい稽古をしても、どんなに厳しい代表争いをしても試合の一瞬に全て凝縮されてしまう。この時は悪夢を見ているようだった。オリンピックで予選敗退を喫してしまい、メダルを逃してしまった選手の親や応援団の気持ちが痛いほどわかった。でも一番辛い想いをしているのは選手本人だろう。特に感謝の気持ちが強い人ほどプレッシャーを感じ、本来の動きができなくなってしまう。それは自分もそうだったから痛いほど気持ちがわかる。しかし、そのプレッシャーも気持ち良い、楽しいと思える人が真のチャンピオンになっていけるのだろう。大森先生が試合後、Yにもっと自分のためにやりなさいとアドバイスを送っていた。それにはとても共感した。Yは特に責任感が強く、みんなのことを気にしすぎてわがままにやれていないところが前からあった。

 悔しかったのでその日は何もする気が起きなかったのでホテルに帰って、夕方だったがそんなの関係なくめっちゃ寝た。そして、部屋でカップ麺を食べて、また寝た。

切り替えも大事

 次の日はもう気持ちが切り替わっていたし、せっかく普段行かない土地に来ているからと観光を楽しんだ。仲良くなったタクシーの運転手に一日連れ回してもらい、友達にオススメされて行きたかった海沿いの地域にも行った。潜水艦の中にも人生で初めて入った。閉所恐怖症の節が少しあるので閉じ込められたらどうしようと怖くなった。でも同時に意外と広いんだなとも感じた。

 そのあとは、ペルー料理もいただいた。意外と悪くない。でもやっぱり味が濃かったり、臭いがきつかったりとペルーでの外食生活は厳しいなと感じた。夜ご飯は、ホテルのお姉さんにオススメしてもらったペルビアンフード(ペルー料理)のお店に行った。雰囲気は最高。建物の外は無法地帯で怖いイメージがあったが、建物の中は綺麗だし料理も美味しかった。特に、スープが抜群に美味しかった。今回ペルーで食べた料理の中で一番美味しかった。食べ物以外のことで言うと、ビールも飲みやすくて美味しかった。

団体戦

 さて、世界カデ最終日の団体戦。ここまでで女子は二つの金メダル、男子は銀メダル一つと金メダル0と苦戦が続いていた。原因は多々あるとは思うが自分たちが一番納得する、または都合の良い解釈は全柔連の深刻な資金不足である。一昔前は国際大会にたくさん派遣して、選手にも一定の出場機会が与えられていた。しかし、ここ最近の資金不足は顕著にみられ、国際大会に日本代表を派遣することが難しくなってきた。今大会も男子選手が4階級と少なすぎる。世界カデのレベルでこの派遣人数は本当に危機感を感じた。本来なら前哨戦を踏んでから世界カデや世界ジュニアを迎える。どう考えてもそちらの方が経験値もあり、高パフォーマンスを出せる。いわば今大会はぶっつけ本番。これは、世界ランキングにすでにランクインしている国際大会の経験が豊富な海外勢の方が圧倒的有利なのは明らか。それ以外にも日本のカデ世代は弱いと言われている原因はあるとは思うが個人的にはこれが一番の原因なのではないかと考える。

 そんな中迎えた団体戦だったが、団体戦で見た時の日本の平均値の高さは一番だと試合前から感じていた。ただ、試合は何が怒るかわからない。特にこのカデの世代はまだ精神的にも安定しているとは言えない。しかし、男女ともにポイントゲッターがいたので計算はしやすかった。日本国内で行われる団体戦は引き分けが存在するが国際大会の団体戦はそれがない。どちらかに勝敗がつくまで行われる。なかなか難しい面もあるが、これはこれで面白い。男子は大成高校のY選手、女子は比叡山高校のK選手がそれぞれポイントゲッターである。初戦から簡単な試合ではなかったがそれぞれの持ち味を出しながら決勝まで駒を進めた。反対のブロックから勝ち上がってきたのはやはり、フランスである。フランスは国内の三大スポーツに柔道が入っていることからもわかるようにこの世代も層が厚い。特に準決勝は先鋒から2連続で失点したところから立て直すという流石の強さを発揮して勝ち上がってきた。フランスが勝ち上がってきたことでYが個人戦で負けた相手とサイド対戦できると期待したが、決勝戦でその相手の名前がなく-81キロ級の選手がエントリーされた。負けても良いからもう一度やらせたかった。ともあれやるしかない状況は変わらない。決勝戦を前に+81キロ級でエントリーしていた日本の子が怪我で欠場することを聞かされた。正直、出ろよと思ったが、次週に全日本ジュニアを控えている選手なので日本の代表監督も所属に気を使ってのことなのであろう。それもわかるが日本代表で戦えることにもう少し価値を感じてほしいし、そういう風に日本代表監督もブランディングしてほしいなと心の中では思っていた。自分自身が日本代表になりたくてもなれなかった経験からそれは強く感じている。

 それはさておき、日本は5人で団体戦を戦うこととなった。ポイントゲッターがいると言っても計算してみるとYが鍵になる。Yが勝たなかったら日本は厳しい戦いになると試合前からわかっていた。

 蓋を開けてみると、1点のビハインドを背負いながらも日本のポイントゲッター2人がしっかりと勝ち点を上げ、3番目でYが畳に上がった。相手は一回り大きい-81キロ級の選手で予想通り力で圧倒してきた。前半はその圧力に屈し腰が引け、技が出せない展開。しかし、要所要所で技を仕掛けていくと後半に差し掛かりだんだんと相手の勢いが失速。日本人の稽古量が発揮される時間が来た。相手の動きが止まってきたところにYの背負い投げが決まり、技ありを奪取。正直いうと、これは返しで相手の一本勝ちと言われてもおかしくないと思った。まあ、運も実力のうちという言葉もあるように勝ちと宣告されたからには勝ちを誇って良いと思う。日頃の行いを神様は見ていたんだ。その後は、女子の超級の子が敗れてしまったが-48キロ級の子が寝技で抑えて見事一本勝ちで日本代表が優勝を決めた

結果 日本 4-2 フランス

団体戦は面白い

 みんなで勝ち取った優勝である。これぞ団体戦というような面白い試合を見させてもらった。一人ひとりがみんなのため、日本のために戦う。そんな戦いに教え子のYが代表として立派に戦ってくれたのが嬉しかった。中学1年生から一緒にやってきて日本代表で活躍しているのは本当に感慨深い。久しぶりに試合を見て、泣きそうになった。感動した。「指導してくれてありがとうございます」と言ってくれたが逆にここまで連れてきてくれてありがとうである。教え子の笑顔が見れて良かった。やっぱり子供達の喜ぶ顔を見るのが最高に嬉しい

 こんな経験をできることはなかなか無い。しかし、ありがたいことに私はその資格は持っている。自分のやりたいことと必要とされていることが違うだけに、とても難しい選択ではあるが自分の将来の選択もそろそろしていかないといけないと感じている。一時の感情だけで決めてしまうと良くないこともわかっているので焦り過ぎずに決めていきたい。それにしても私はつくづく持っていると感じる。間接的ではあるが日本一世界一を両方経験することができた。これは一生を賭けても経験できない人がほとんどの中でこの歳で経験させてもらった。これは当たり前ではない。自分の力は小さいが色々なことが掛け合わさってこのような結果が生まれたのだ。自分がすごいとは一回も思ったことはないが自分の周りはすごい人でいっぱいである。何回も言うがこれは当たり前ではない。これを当たり前だとは思わず、感謝の気持ちを忘れずにこれからも生活していきたい。

 ここまで長文にも関わらず最後まで読んでくれた人がいればありがとうと言いたい。Thank you.

終わり!

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